NSW州のIECにおける英語教育

家族と共に豪州のSydneyに赴任し、長男を現地の公立校(中高一貫教育)へ入学させたところ、英語をあっという間に習得し、充実した学校生活を送ることができました。
長男の経験から、New South Wales州(以下「NSW州」という)における英語を母国語としない移民等の児童生徒等に対する優れた教育の仕組みについて紹介します。

生粋の日本人で英語を母国語とせず、豪州に渡航するまで英語をほとんど理解できなかった長男が、短期間で英語を習得できたのは、移民や難民に対するNSW州の手厚い支援とIntensive English Centre(英語強化施設、 以下「IEC」という)という優れた教育制度があるからに他なりません。
長男をChatswood IECに入学させたところ、英語力がめきめきと上達し、IECを3termで卒業した後に公立のHigh School(中高一貫)に転入でき、2年の赴任が終わる頃にはnative並みの英語力を身に付け、豪州文化と社会の仕組みもたくさん学び、豪州人としても生き抜くことができる基礎力を身につけることができました。
長男と私自身の英語学習を通じて気付いたことは、言語は文化と深く関わり、文化に依存しているということです。そのため、新しい言語を習得するには、言語だけを学ぶのではなく、その言語が生まれた文化も含めて学ぶことが大切だということを理解しました。こうした視点から、IECの仕組みは理にかなっているものと考えています。
私の豪州における友人知人で、日本で学生時代を過ごした外国人に聞くと、日本の義務教育現場には外国人に対する支援は無いに等しく、日本語の習得にとても苦労したそうで、豪州のような制度が日本にもあったらどんなに良かっただろうと異口同音に言います。
日本では、2019年4月に新たな在留資格が創設されたことに伴い、今後ますます
日本語指導が必要な児童生徒が増加していくと考えられています。一方、豪州は、人種、文化、言語、宗教などの多様性に富む多文化主義国家として、英語を母国語としない移民等の児童・生徒に対する多文化教育と英語教育が充実しています。
豪州における多文化と英語教育の先進事例は、習得に難易度が高い日本語の学習にあたり、とても参考になるものと思います。そこで、一般財団法人自治体国際化協会の機関紙「自治体国際化フォーラム」に掲載した、NSW州のIECの概要について紹介します。

一般財団法人自治体国際化協会
自治体国際化フォーラム345号 英語教育 Part2
オーストラリアNSW州のIntensive English Centreにおける英語教育

 

オーストラリアNSW州のIntensive English Centreにおける英語教育

オーストラリアは移民大国で、人口約2,500万人のうち4分の1が外国生まれという多国籍・多文化社会であ る。同国は 40 年以上も前から多文化主義政策を行い、 たくさんの移民を受け入れ、多様な人々が共生し、移民の活力によって成り立つ理想の国づくりを行ってきた。
英語を母国語としない移民への支援策も充実しており、教育制度についても生徒が安心して学べる環境作り に積極的に取り組んでいる。
本誌ではニューサウスウェールズ州における、英語を母国語としない生徒(中学 生・高校生)への英語教育について取り上げる。

NSW州のIntensive English Centre

シドニー北部のチャッツウッドにあるChatswood Intensive English Centre

NSW 州における教育制度は、1 年間の幼稚園(Kindergarten)、1学年から6学年まで6年間の初等教育 (Primary School =小学校)、7学年から12学年まで6年間の中等教育(High School =中学・高校、日本 でいう中高一貫教育)の13年間である。10学年(日本の高校1年)までが義務教育課程で、11・12学年が大学など高等教育機関への進学準備課程である。
移民などの生徒がNSW州で日本の中学・高校にあたるNSW 州の公立ハイスクールに入学を希望する場合、居住している学区域の学校に入学するのが原則であるが、入学手続の際に個人面接を受ける必要がある。そこで英語力と基礎的な学力があると判断されれば入学を許可されるが、授業を理解できる英語力を有していないと判断された場合、州政府が運営する学校=英語強化施設(Intensive English Centre)への入学を勧められる。

Chatswood IECの授業風景。和やかな雰囲気で授業が行われている。

IEC とはハイスクール相当の年齢の生徒を対象に作られた州政府機関で、英語を母国語としない海外から移住 したばかりの生徒向けに、ハイスクールで授業を理解で きる程度まで英語力を高めるための教育環境を提供している。NSW州内にはシドニー市など大都市周辺に15のIECがあり、その多くはハイスクールに併設されている。
ここでは、主要教科(英語・数学・理科・地理・歴史)だけでなく中学校の必須科目の授業が全て英語で行われる。英語だけを学ぶのではなく、現地校で行われる授業と基本的に同じ内容を、英語を切り口に重点的に学ぶも のである。また、ハイスクールでの学習準備と新しい環境に適応するための指導のみならず、将来オーストラリ ア社会に出るために、オーストラリアの慣習や社会常識など幅広い教養を身につけることができる。

IECの特色

IEC のクラスは英語能力により4段階に分けられている。生徒は入学時に校長の面接と英語の試験を受け、 英語能力を評価される。英語が全く話せないビギナー(beginner)からレベル 1、2、3 の4段階にクラス分 けされ、レベル3を修了すると晴れてハイスクールへ 編入できる。4段階のレベルと言っても、中等教育を受 ける7〜12学年まで6学年が在籍するため、英語能力といくつかの要因に基づき、生徒は適切なクラスに配置される。
オーストラリアの学校は日本の学校と同じく1年ごとに進級する。NSW 州は4学期制で、学期はターム (term)と呼ばれる。IEC では、生徒は日々の授業(テストまたはレポート)および学期末の修了試験で評価され、基準を満たせば1学期(3カ月)毎に進級できる仕組みである。ビギナーから始めた生徒は、順調に進めば4学期(1年間)で施設を卒業できる。英語の習得が進まず、同じレベルを何度か繰り返す生徒もいる。生徒は最長で5学期まで在籍することができる。
IEC は少人数学級で、1クラスの平均人数は12~18人である。英語を学び始めたばかりで、教師が目をかけ る必要があるビギナークラスは12人学級と少なく、レベル3などハイスクールへの編入が近いクラスは、ハイスクールの30人学級に適応できるよう、定員最大の18人学級にするというように配慮されている。授業は日本の中学や高校と同じく教科担任制である。教科担任とSLSO(School Learning Support Officer)の二人体制で、生徒に関する情報を共有し協力しながら 授業が行われる。

IEC には定められた教科書がなく、教科担任が指導要 領に沿った内容の教材や本、映画などさまざまな素材を 活用して授業を行い、会話力と読み書き能力、表現力を同時に高めている。また、IEC には学習する意欲のある生徒に対して、教 師が生徒の期待にしっかりと応える体制がある。

例えば、日本の教育のように受動的な詰め込み型教育ではなく、生徒の能動的な学習が期待されている。生徒が英語で積極的に話すだけでなく、自分の意見を述べるための思考力の伸長と表現力の育成にも重点がおかれているのも特徴である。議論の場でしっかり自分の意見を主張できること、自分の気持ちを豊かに表現できることが求められ、情操教育も大切にされている。また、生徒がパソコンで発表資料を一人で作り上げ、 プロジェクターを活用してプレゼンテーションをするという授業が、7学年(中学1年)から行われている。

SLSOによる手厚い支援と指導

SLSOは日本の学校が採用している外国語指導助手(ALT = Assistant Language Teacher)の役割にとどまらず、移民の生徒にオーストラリアと出身国の文化と 慣習の違いを理解させる重要な役割を果たしている。
移民の生徒にとって外国という新しい環境で暮らすには、英語という言葉の壁があるだけでなく、慣れない文 化と慣習の違いにまごつき、オーストラリア社会の生活 に容易に溶け込めないことも多々ある。SLSOは生徒のそうした戸惑いに気づき、生徒の悩みや不安を解消することに努めている。
そのため、SLSO は英語を母国語としない国や地域の 出身者が多い。IEC に在籍している生徒の出身国や言語の割合に応じて採用されており、取材したChatswood IEC では、中国、韓国、日本、ベトナムなどを出身とするSLSOが在籍している。

複数のSLSOが生徒に親身になって指導する授業風景

SLSOは特に、自身の出身国や地域で話される言語が 母国語である生徒を重点的に指導する。SLSOの中には、 学習の遅れがちな生徒に対して、個人的に親身になって 指導したり、英語の課外授業をしたりする者もおり、生徒にとって頼れる心強い存在である。
IEC は多くの難民も受け入れているため、父子家庭や 母子家庭、家族の関係が複雑であったり、家庭内暴力などさまざまな問題や心に傷を抱えている生徒も少なくない。SLSO は生徒の日々の言動に注意を払い、精神面と生活状況をよく観察し、問題がある生徒には適切な助言を行い、場合によっては関係機関の応援を求めるなどの対応も行っている。SLSO はそのように生徒指導でも重 要な役割を果たしている。

学習だけでなく生徒の生活と精神面も支援する SLSO(中央)

保護者への支援

NSW州の学校教育では、生徒だけでなく保護者にも役立つ仕組みがある。学校教育を管轄するNSW州教育省は、専用のウェブサイトを用意し、保護者は生徒が学校で実際に使っている教材などを自由にダウンロードでき、家庭で子どもの学習支援が容易に行える。
また、効果的な学習方法の指南や、心の悩みを抱えた場合の適切な対処方法などの情報が多言語で提供されており、学習のみならず学校生活にかかわるさまざまな情報を得ることができる。

生徒の相談に気さくに乗ってくれる校長(右)

IECも保護者向けに独自で手厚い支援を行っている。Chatswood IECは、年に数回の保護者面談を行い、生徒の学習状況などを情報共有している。これは生徒の教科担任毎に行われ、保護者は生徒の学習状況をふまえて今後の学習方針などについて教科担任に相談することができる。
IEC はまた、生徒のより良い家庭学習方法の指導、NSW州の教育制度についての解説や進学のための情報、地元自治体が提供している多文化共生サービスを紹介する説明会などを開催している。説明会ではSLSO が通訳をするため、英語に自信のない保護者も気軽に参加できる。保護者は教師やSLSO、ほかの保護者ともつながる機会を得られ、情報交換ができる。
このように、NSW 州では移民の生徒が安心して学び、保護者も子どもを学校に不安なく預けられる教育環境が整えられている。

参考 Chatswood Intensive English Centre


より詳しく知りたい方はこちらをご覧ください。

一般財団法人自治体国際化協会
クレアレポート
英語を母国語としない生徒への多文化教育と英語教育
ニューサウスウェールズ州 Intensive English Centre の取組み

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